馬鹿が脊椎反射で書く映画感想です
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本当はひどい日本の神話1 八ヶ岳
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最近八ヶ岳のそばにある某スキー場に行って来ました。


そこにはゴンドラがあって山頂までばびゅーんと連れて行ってくれるのですが、そんなゴンドラの中に日本神話として「富士山と八ヶ岳の背比べ」と言う話が載っていましたのでこれについてレビュー


(あらすじ)富士山とハヶ岳は、ともに日本で名のある高い山です。しかも、毎日向かい合っています。大昔、高さをきそって、背くらぺをしました。

 大昔、日本と大陸は陸続きて、見わたすかぎりの大平原でした。そのなかで、ひときわ高くそぴえている山がありました。富士山と八ヶ岳です。
 あるとき、富士山の女神の浅間(せんげん)さまと、八ヶ岳の男神の権現(ごんげん)さまが、「いったいどちらが高いのか」と、言いあらそいをはじめました。「わたしのほうが高い」「いや、わしのほうじゃ」と、お互いにゆずリません。
 そこで、二つの山の神さまは、木曽(きそ)の御岳山(おんたけさん)の阿弥陀如来(あみだにょらい)さまに頼んて、背くらべのはんてい役をお穎いすることにしました。「さて、どのようにしてくらべたらよいものか…。」阿弥陀如来さまは考えこんでしまいました。
 なん日もしあんしたすえに、めいあんが浮かぴました。「二つの山のてっぺんに、長いといをわたし、水を流したらどんなものか。水は高いほうから、低いほうへ流れていくはずだ」
 背くらべの日、冨士山も八ヶ岳も、ともに自信をもってむねをはりました。阿弥陀如来さまは二つの山にといをわたし、さっそく水を流してみました。水は、冨士山のほうへと流れていきました。大昔は、富士山よりも、八ヶ岳のほうが背が高かったのです。
 八ヶ岳はとくいになりましたが、気の強い冨士の女神さまは、くやしくてなリません。思わず八ヶ岳の頭を、長い棒でごつんと、なぐってしまいました。
すると、八ヶ岳の頭は八つにわれ、八ヶ岳のほうが低くなってしまいました。
この日から、富士山は日本一の山になリ、八ヶ岳は今日の姿になったということです。



 何と言うかおかしい。とてつもなくおかしい。


 ツッコミどころは多すぎて困ってしまいますが、まず何より


「誰が何のためにこんな話を作ったのか?」


 長い棒も気になるところではありますが、ここはぐっとこらえてこの神話の意味を考えて見ましょう。


 大体神話(この話の場合は神様が出てくるので神話と言うことにしておきます」ってものは成立に何らかの意味があるものです。たとえばギリシャ神話などは、過去に実際に行われた事物が神話と言う形になって語り継がれていたり(実際にトロイの木馬が見つかった、とか)する側面があったり、また、古の偉人たちの生活の知恵を子供たちに伝えるためであったりと、必要なバックボーンがあったりします。


 それをこの物語に反映してみると


「自分よりでかいやつがいたら長い棒で殴っておけばいい。」


 ということになりますね。



 このお話の好きなシーン


 八ヶ岳の眺めは最高でしたよ。
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